「生徒が本物への興味を持てば、ICTツールによって学習が変わる」広尾学園中学校・高等学校 榎本裕介氏【EdTech Night!講演レポート】

2014年2月20日に行われたイベント「EdTech Night!」の、講演レポートの第2弾です。第2弾は、広尾学園中学校・高等学校の教員である、榎本裕介氏の講演をレポートします。

【EdTech Night!講演レポート】広尾学園中学校・高等学校 榎本裕介氏

OLYMPUS DIGITAL CAMERA 広尾学園の医進・サイエンスコースを担当している。まずは写真を一枚共有したい。これは、高校一年の生徒たちがタブレットで、学術論文を読んでいるところ。自分たちで研究テーマを設定し、自分たちで本物の研究を取り組んでいる。当然学術論文も読むが、ICT機器がないと、これが実践できなかったと感じている。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA自分は3年前まで大学の研究室でポスドクをやっていた。自分の研究内容が世にでないという感覚を持ったこともあったし、日本の理系リテラシーをあげたいという思いがあり、研究室をやめ教育業界に飛び込んだ。当時、教員免許もなかったので、助手をしながら夜間大学に通った。

自分の教育観に近いものとして、スガタ・ミトラ氏(インドのスラム街にネットをつなげたPCをおいておいた実験で有名)の言葉を紹介したい。

今後の世界で必要な能力について、

  • 読み書きする能力
  • 必要な情報を得る能力
  • そしてその情報の価値を判断する能力

これを見せると、生徒は「勉強しなくて良いのか!」という事を言い出すが、よく見ろと、一番上に「読み書きする能力」と書いてあるだろうというと、おとなしく単語帳を開く。過去は、教科書にのっていることさえ教えれば良い世界だったと思う。現在はウェブを使うと楽に答え(のようなもの)が見つかる世界。

しかし、私達が伝えるべきことを考えると、理想としては、情報を吟味する力が必要だと気づくことだ。自分で気づいて欲しいと思っている。世の中そんなに甘くない、ということを伝えたいと思っている。大学受験が大事なのではなく、何かをやりたいから、その選択の1つとして大学に行く、というような、興味を中心においた指導をしていきたいと考えている。

「情報を得るとは 考える材料を得ること」

OLYMPUS DIGITAL CAMERAまず生徒に伝えているのは、「情報を得るとは 考える材料を得ること」だということ。結論を得ることではない、ということ。生徒は家に帰れば周りにノートPCでもタブレットでもスマホでもある世界なので、Webが便利だということは知っている。しかし、何が「正確」な情報なのか。

その信頼性の指標として、査読を通っているか、ということを伝えている。大人の事情もないわけでもないが、学術論文として通っているか、論文誌に掲載されているかどうかを1つの指標にしている。

論文を見る手段として、Google Scolarを使わせている。今は、人類がもっている知識の限界を知る術が手元にある。図書館にいってもわからなかったような時代から、論文検索のツールを使えば、世界の研究者が見ているものと同じものが見える。そういった事をきちんと伝えていけば、生徒たちも、ちゃんと「そういうものか」と認識して頑張る。

そして、さあいざ読もう!とすると、言語はすべて英語だし、翻訳ツールを使うと専門用語だらけで意味が通らない。そこで必死に調べながら解釈をしていく。世界の端っこを自分も見ているのだ、という感覚になれる。

ここで面白かったのは、ICTを活用して調べ物をしていくと、自然に手書きがでてくる点だ。ツールの使い分けは、生徒が勝手に使い分ける。紙の手書きが便利なときは勝手に使うし、手書きアプリとしてGood Noteを紹介することはした。使い方も何も説明はしていない。

OLYMPUS DIGITAL CAMERAしかし生徒は、自分で論文の写真をひっぱってきて、自分でまとめノートを作ったりしている。授業では、精読した内容を人に発表しよう、ということをやっている。英語は大変だが、皆頑張っている。

採用して良い情報は査読付き学術論文だということを伝えると、同時に、学術論文でない情報=手放しでは信じられない情報だ、ということに気づく。

ここで、いったい自分は何を信じれば良いのか?と、よくわからないで生徒は止まる。しかしそれは「自分で考えろ」という。先生が言えば正しいわけでもない。自分で考える必要性に気がつく。

実践例としては、「重力加速度をはかる」というお題だけをだして、無数の実験器具を置いておく、ということをやった。重力加速度とはなにか、という概念を紹介してその後すぐに。生徒達はとりあえず検索をするが、ふと、答えがwebにはないことに気づく。参考にできる情報はあっても、自分の環境で手元で再現しなければいけない。そこで、自分たちで実験環境を組み立てて実践する。そしてこれを発表する、といった取り組みだ。

よくある生徒の質問と先生の回答と、自分はどう伝えてきたかを紹介したい。

生徒:「先生!これどういう意味ですか?」
一般的な先生:「これはね、***という意味でね、・・・がこうなって・・・」
自分:「知らない。調べた?」

<PCの操作で>
生徒:「先生うまくできません、どうすればいいんですか?」
一般的な先生:「ここをクリックするとねこうなってね、***」
自分:「画面に出ている文字読んだ?」

<資料作り>
生徒:「先生!頑張って作りました」
一般的な先生:「よく頑張ったね!」
自分:「で、それ誰が喜ぶの?」

資料を作らせると、だいたい頑張りどころがずれる。アニメーションやご清聴ありがとうございました、に命をかけていたりする。
本当に伝えたいのは何?という問いにはっとしながら、本質を掴んでいく。そして、最後の授業に向けて、授業をまとめるプレゼンを作らせる。来年進級してくる生徒に向けて、自分たちが学んだことを伝えるというもの。

いろいろと議論していく中で、ふと「私達が学んだことを信じろ、というのは、言っていることが矛盾してしまう」
ということに気づく。ここでだいたい破綻する。そして言えるのは「自分を信じろ」と、聞いた側は、「この人達何やってたんだろう」と感じるのだが、何も考えずにいっているのとは一周違う次元になっている。

最後に、Google Appsが必要な理由をお伝えしたい。
前提として、生徒達は、

  • 最先端の化学に興味をもっている
  • コース独自の課外活動に参加している
  • 研究活動を実践している。

必ずしも授業担当でもない先生に相談もするので、メール上で実験の諸条件と結果を記載して報告したりする。

たまに未読メールがたまる生徒がいるので、【成績直結】と書いてミニテストを送ったりしている。一番使われるのは、To Doリスト。あとはカレンダー同期。学事情報などを入力している。

また、Google Apps導入による副次的な効果としてアナログ書類の大切さを学ぶ。友人同士とのメールと公的に用いるメールが異なること、マナー、アカウントの取り扱いなどを知っていく。

リスク面として、授業中のチャットやオーバーワークの可能性、クラウドの利用によるセキュリティリスク、生徒が被害者にも加害者にもならないように、といったことは必要だが、提供側がわかっていれば、さほど恐れることでもない。

生徒が本物への興味を持てば、ICTツールによって学習が変わる

OLYMPUS DIGITAL CAMERA「生徒が本物への興味を持てば、ICTツールによって学習が変わる」と考えている。

榎本先生の講演の中に「情報の価値を判断する能力」がこれからの子どもに教えるべく能力というのは共感出来、行っている取り組みも非常に感銘を受けるものでした。また、ICT機器の便利さを実感すると同時に、紙を利用したりその良さが分かるようになるという言葉は、ICT教育が既存のものを置き換えるものではないということを示している一つの例なのではないかと感じました。

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    EdTech(教育×テクノロジー)をテーマにした「EdTech Media」、教育業界に特化した求人サービス「Education Career」を運営する、株式会社ファンオブライフ代表取締役。 EdTechのムーブメントを、情報と人材の面から支援している。